若いときに苦労した人は明るい未来が待っている!?
よくこんなことをいう人がいますが、何を根拠にーって感じですよねw
あ、苦労そのものを否定しているのでありません。子どものころ苦労しておくと忍耐が強くなったり周りがよく見えるようになるなどたくさん利点はあるはずです。
ただ、苦労をすればするほど幸せになれると思っている人が不思議。
仕事でもプライベートでも、何か大変なことをしているのには、そのモチベーションを保てるだけのゴールが待っているからやっているわけですよね。
意味なく大変な仕事を永延とやっている人がえらいわけでもないし、誰かのためになるわけでもありません。
前に糸井重里さんが「良薬は口に苦し という言葉がなければ何かが大きく違っていたかもしれません。 苦ければ苦いほどよく効くのではないかと思い込んでしまっている人が多いのではないか」ってお話されていたんですね。
この言葉に、とても共感しました。
テレビのドキュメンタリーなんかで、成功者の過去を振り返り、昔は苦労しました。なので成功しましたーっていう番組をよくやっていますが、そのせいで、苦労をたくさんした人=成功する人っていう方程式が成り立ってしまったのではないかと思うのです。
多くの人がテレビやインターネットのメディアの情報だけをもとにパズルを組み立てて、自分なりの考えだったり結論を作り出していたりしますが、情報ソースが正しいものであるかもわかりませんし、偏った価値観だったり、余計なノイズの入ったピースで構成されたパズルなのに、自分の中でそれが正しいことになっている。
いま情報発信の場がテレビからインターネットにシフトしてきているのは、こういった問題を解決するためによいことで、情報のやりとりが双方になり、また情報を発信するクラウドの母数が増えることで、よりリアルな日常のネットワークに近づきます。
もちろんそれでも余計なピースは淘汰されませんが濃度の濃い情報になるのは間違いありません。
Yahoo!がみんなで天気予報をつくるサービスをやっているのですが、クラウドの母数が間違った情報を提供する人をうまく浄化していますよね。
あ、話はそれてしまいましたが、成功するかしないかは「運」が大きな割合を占めていると思います。どんなに頑張ってもだめな人はだめだし。
もちろん「努力」が足りないと「運」を使える状態にすらならないですけどね。
忙しそうに仕事をしていたり大変なことをやることが目的化してしまっていて、手段と目的がごちゃごちゃになっていたりしることがよくありますが、
なにかの効果や成果は、総痛み量には比例しませんよーと。
頑張りたいときに頑張って、そうでないときは無理せず、一日一日を楽しく生きていくのが一番よいのではないかと改めて思ったのでした^^
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